「軍隊にいて、演技を最初に始めた時の感情をたくさん思い出した」

Q.一生に一度経験するのも大変な俳優としての絶頂の瞬間をあなたは2回も味わった。『私の名前はキム・サムスン』(以下『キム・サムスン』)と『シークレット・ガーデン』の時だ。頂上にいる時、ヒョンビンはその瞬間を楽しむ人なのか、そうでなければ自身にさらにむちを打つ人なのか。

ヒョンビン:2005年に広がった現象に対しては、正直に言って楽しむ余裕がなかった。とても突然の人気だった。「これは何だろう?」と思っていたら過ぎ去った。そして5年という時間が過ぎて『シークレット・ガーデン』の時に『キム・サムスン』の時と似た、あるいはさらに大きな愛を頂いた。最初は分からなかった。撮影する時、秘書役で出演した(キム・)ソンオ兄さんが「半端じゃない。『キム・サムスン』の時より、もっと余波が大きいようだ」と言うので、「何を言ってるんですか。『キム・サムスン』の視聴率があんなに高かったんだから、ありえない!」と言った。ソンオ兄さんの言葉が合っていることを、一歩遅れて知った。

Q.ヒョンビンが考える重要なものは何か。

ヒョンビン:以前にある先輩がこのように話して下さった。このくらいの位置(頂上)から落ちることになれば、いっそ一度大きく転げ落ちる方がより良いと。それでこそ何がダメだったのか早く判断して再び上がれるきっかけを作れるが、緩やかにゆっくりと落ちて行けば、自身の何が至らなかったのかを悟ることができず油断することになると。そういうことを知っていること自体がとても重要だと思う。人気に振り回されずに演技をした時、損害も少なくて傷も少なくて、そして演技変化の幅は、はるかに大きいと思う。

Q.あなた個人だけでなく、あなたが足を踏み入れた世界に対しても、客観的な視線で眺める時間を軍隊で持ったようだ。

ヒョンビン:完全に第3者の立場では見られなかったが、そのような時間を持とうと努力した。俳優としての人生を振り返った時、演技は高校の時に好きで始めたことだった。もう少し専門的に知りたくて演技関連の大学に進学したし、そうするうちに映画オーディションを受けて映画を撮り始めた。ずっと望んできた仕事をすることになったのだ。だから僕は僕がいつも喜んで演技をするものだと思った。ところがある瞬間、好きだった仕事が本当に“仕事”になっていた。「仕事だからすべきだ」となっていたのだ。軍隊にいて、演技を最初に始めた時の感情をたくさん思い出した。それで『逆鱗』に対する愛着が格別だったようだ。そのような考えを持って除隊し、初めて接した映画だから大きな意味を持つ。

Q.ヒョンビンの20代は激しくて、忙しかった。

ヒョンビン:そのようだ。もちろん仕事ばかりをして20代を送ったわけではない。1年365日、演技だけを考えて撮影ばかりしたわけではなかったから。ところがほとんどの記憶が仕事と関連したものだ。個人的な思い出があまりない。それは人間ヒョンビンにとっては、あまり良い人生ではないようだ。どちらか一方を失ったので、どちらか一方が成り立ったというのも明らかにあるでしょうが、30代にはその幅を狭めたいという願いが強い。仕事の中で、個人的な楽しみも味わえたら嬉しい。

Q.2008年あなたが出演した映画『私は幸せです』に従って質問しようとすれば、ヒョンビンは今幸せなのか。

ヒョンビン:最近はとても幸福を感じている。望んだ仕事を再びまたこのようにしているから、さらにそう感じるようだ。

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